著者の三浦綾子さんの『氷点』を読み終わったので感想文を書きます。この本は、出版社は角川書店で上・下巻に分かれています。両巻ともにそんなにページ数がないので、読み終えるのに時間はかかりません。初版は朝日新聞社から1965年11月に刊行されたということですから、かなり古い小説ですが、昔の小説の割に文章が読みやすいです。
名作と言われているこの小説ですが、たしかに小説としてはかなり面白いと思います。まるで、昭和のドラマを見ているかのようなストーリー展開なので、やや古臭さはあるものの、どんどん話に引き込まれていきました。読んでいて、しっかりと情景が頭の中に浮かび上がります。
ストーリーは、辻口啓造とその妻である夏枝の娘であるルリ子が、佐石という男に殺されてしまうところから始まる。娘を失った夏枝の要望に応え、乳児院から女の子の赤ちゃんを引き取るが、なんと、その赤ちゃんは、ルリ子を殺した犯人の子である。啓造は、夏枝に対する復讐のために、夏枝には真実を隠していたが、ある日、夏枝が陽子(引き取った娘)が佐石の娘だという秘密を知ってしまう。そして、その秘密を長男の徹も知ってしまう。それ以後、陽子は、母である夏枝からの陰湿ないじめを受けるようになる。そして、最後には、陽子と陽子の恋人である北原がいる前で、その衝撃の秘密を夏枝から聞かされて、陽子はショックの大きさに耐えられなくて自殺を図る。といったのが大まかなストーリーだ。
啓造は狂気に満ちたロリコン
それでは、辻口家の父・啓造、母・夏枝、長男・徹、長女・ルリ子、そして陽子について、それぞれの感想を書いていく。まずは、啓造からだ。
ルリ子が殺された時に、娘をほったらかしにして夏枝が村井と浮気をしていたと思い込み、そんな夏枝を許せなく、苦しめてやろうと思い、あえてルリ子の殺人犯である佐石の娘を引き取る。たしかに、夏枝を許せない気持ちはわかるが、だからといって佐石の娘を引き取って育てるなど、正気の沙汰ではない、まさに「狂気」だ。しかも、当然のことながら陽子を心から愛することができずに、陽子を可愛がれない。後に、船の難破で九死に一生を得てからは、多少は陽子を可愛がるようになる。しかし、陽子に対して性的な衝動を感じてしまう時もあるのだから、ロリコン変態である。狂気であってロリコンであるから始末が悪い。総合病院の院長という、社会的地位がある人なので、なおさらそのギャップを感じる。
夏枝は最低最悪の鬼女
夏枝はとても美人であり気品がある。40歳になっても20代に見られたいと思っているナルシストである。それでいて、金持ち婦人にありがちな性悪である。たしかに、可愛がって育てていた陽子が、実はルリ子を殺した佐石の娘だという事実を知った時の苦しみはわかる。しかし、この後からの陽子に対する嫌がらせがあまりにも酷い。お遊戯会で着る白服を作らず、給食費を渡さず、中学校の答辞の紙を白紙にすり替えたり、あまりにも酷いいじめを陽子にする。挙げ句の果てには、陽子の恋人の北原に恋心を募らせ、陽子に対して嫉妬して嫌がらせをする。しかも、陽子が自分の出生の秘密を知って自殺を図ったのに、それすらも陽子を責めて自分の立場を心配するという、どうしようもない鬼女だ。さらには、陽子を育てさせた啓造への憎しみに、村井に再度接触して浮気を考えたり、自分の息子と同年代の北原に恋をしたりと、とんでもない色情魔である。大体にして、ルリ子が殺されたのは、浮気までは行かないまでも、村井と2人っきりで淡い恋を楽しんでいたのが、結果的にはルリ子を1人にしてしまって、佐石の餌食になってしまったのだから、夏枝の責任なのだ。とにかく、読んでいるのが辛くなるほどに夏枝は最低最悪の鬼女だ。
徹は自分勝手な徹
陽子を本当に妹のように可愛がっていた徹だったが、ある日、啓造と夏枝が陽子が佐石の娘であるという話を聞いて、実の兄妹でないことを知る。それからは、陽子に対して恋愛感情を持つようになり、そのことに気づいた陽子は徹を煩わしく感じる。陽子にしてみたら、徹は兄であるので、当然である。徹は陽子に結婚指輪まで用意するのだから、まったくもって、陽子の気持ちなどこれっぽっちも考えていない。初めは、同級生の北原を陽子の恋人にと思い陽子に引き合わせるが、やはり、陽子への思いを断ち切れずに北原と不仲になることを願うようになる。それでも、最後は改心して、陽子のことは諦めて北原と結婚することを願うようになる。しかし、徹は自分勝手である。陽子のことを本当に大事に思うなら、血のつながりがないとわかっても恋愛感情などもたずに、陽子を大切にすべきだと思う。
かわいそうなルリ子
徹の妹であるルリ子は、夏枝が村井と密会してる最中に、林を超えた小川で佐石に首を絞められて殺されてしまう。何の罪もない3歳のルリ子は、母親の不注意と佐石という異常者との遭遇にみまわれて幼い命を奪われてしまった、かわいそうな女の子である。この物語が始まって早々に殺されてしまうので印象が薄い。
陽子は人を許して自分を卑下する
こんな環境の家庭で育ちながらも、めげないで生きる陽子は凄い。まず、自分が啓造と夏枝の実の子ではないと知っても(この時はまだ、佐石の子と気づいていない)、落ち込むことなく平然としているなんて考えられない。普通であれば、これが原因で非行に走るとか、家出するとかになりそうなもんだが、陽子は挫けない。夏枝から、陰湿ないじめを受けても夏枝を責めようとせず、ましてや、人に告げ口したりしないで、全部自分の中にしまい込んでしまう。そして、全部自分の責任だと背負ってしまう。陽子は、幼い頃から大人の気持ちを理解して、自分の気持ちを押し殺すという性格である。しかし、ここまで大人の気持ちを察する子供なんて、もし本当にいたら怖い。しかし、夏枝に、北原のいる前で自分が殺人犯の娘であると告白された時には、耐えきれなくなって自殺を図る。負けず嫌いの陽子であったが、さすがにこの事実は受け止めきれなかったようだ。
その他の登場人物について
佐石は啓造と夏枝の娘であり徹の妹のルリ子を殺した犯人である。お産後に妻を亡くし、赤ん坊の育児に疲れ果てている時にルリ子と出会い、小川に連れ出して遊んでいたところ、ルリ子が泣き出したのでカッとなって首を絞めて殺してしまう。その後、留置所で首を吊って自殺する。残った娘は高木の勤めている乳児院にいたらしいが、その後どうなったのかは語られていない。
辰子はいい味を出しているキャラでした。独身を貫く踊りの先生で、さっぱりとした性格の辰子は、周りのジメジメした人間性が多いこの物語の中で、安心できる存在で、陽子も彼女を頼っていました。ただ、上巻は出番が多かったのに対して、下巻ではほとんど空気になっていたのが少々残念。最後は辰子が陽子を擁護して、辻口親子と対決するのかと思ってましたが、そうはならなかったです。
高木は啓造の学生時代からの親友であり、乳児院の嘱託として働いており、後に産婦人科医となる。学生時代に夏枝に結婚を申し込むがあえなく玉砕します。しかし、啓造が夏枝と結婚したことは祝福しています。乳児院にいる佐石の娘を引き取りたいという啓造の要望に応えたかのように振る舞いますが、実はそうしなかったところが、高木の良識を窺わせます。
由香子は啓造に恋愛感情を深くもっていましたが、啓造の家庭を壊すことを恐れて気持ちをとどめていました。村井とのことがあって失踪しますが、最後まで行方は明かされませんでした。
北原は徹と同級生の青年で陽子に恋をします。陽子と文通をしたり交際するようになりますが、夏枝の妨害でなかなかうまくいきません。最後は陽子の家に訪問したときに、夏枝から陽子は殺人犯の娘だと告白されますが、陽子が殺人犯の娘という証拠などないと認めずに、高木のところに行って真相を聞き出します。この時、「たとえ、殺人犯の娘であっても僕の気持ちは変わらない」というような発言をしているので、心から陽子を愛していたと思われます。正義感の強い、陽子を本当の意味で助けて救おうとする物語の重要人物となりました。
まとめ
実はこの『氷点』を読んだのは今回で二度目です。とても面白かったので再読したのですが、やはり、名作だと思いました。まるで、昭和ドラマを見ているようなストーリー展開は、読んでいて楽しいです。特に最後の陽子は佐石の娘ではなかったという真実は、物語の落ちとしてとても良かったと感じました。ドラマ化や映画化も一度や二度ではなく複数回されているようで、この作品の人気の高さがうかがえます。私はどれも観ていませんがチャンスがあったら一度観てみたいです。しかし、もう読まないかなぁ〜😅なぜかって、あまりにも夏枝の陽子に対する陰湿ないじめが酷すぎて、正直、読んでいて辛かったです。一度目に読んだのはかなり前なのでその内容はぼんやりしていましたが、再読したことによりしっかりと脳に刻まれたので、次はもう読まないと思います。ちなみに、この小説の続編である『続・氷点』も以前読んだのですが、内容はほとんど忘れましたが、あまり面白くなかったので、こちらは再読しません。
『氷点』は、日本文学の名作であることには間違いないので、まだ読んだことのない人は一度は読んでみることをおすすめします。
かしこ。

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