父の一周忌

山口忠之の遺影 1. 解脱の教え

先日、父に一周忌を母の家で行いました。

月日の経つのも早いもので、父が亡くなってからもう一年が経ちました。
父に一周忌のために、親戚が集まりました。
いつも感じるのですが、親族か集まるのは黒い喪服を着た時ばかりです。たまには楽しいことで集まれないものかと思いますが、なかなかそういう事ってないんですよね。
結婚披露宴も、最近はやらずに友達関係だけで集まって祝うだけで済ませるパターンが多い様です。(少なくとも私の親戚さんはこのパターンが多い)
仮に結婚披露宴を開いても、少し遠い親戚は呼ばれないことがありますが、葬儀関連は、結構幅広く声が掛かる印象です。ですから、どうしても親戚一同が顔を合わす時は黒ネクタイをしている感じです。

でも、きっと、亡くなったお父さんは、こうして親族や孫たちが集まってくれていることに、とても嬉しく思っていると思います。父の喜びを肌で感じました。

写真の通り、お父さんの遺影の周りの綺麗な花とお供物を捧げられていました。そして、山口家の宗派である日蓮宗のお坊さんを自宅に招き、お経を唱えてもらいました。合掌。
コロナ禍ということで、短めのお経でお願いしました。(20分ぐらい)

そのあと、自宅から歩いて10分くらいの鰻屋さんに移動し、献杯しまた。
お酒を呑み、美味しい鰻重を食べながら、親戚同士で歓談しました。
父も、きっと美味しくビールを飲んで鰻重を食べたと思います。
そして解散して各々家路に帰りました。
シンプルではありましたが、とても良い一周忌が行えたと思います。父も生前中は、あまり形式張った行事は好きではなかったので、こうしてお経も短めで、親族皆が楽しそうに談笑している姿が見れて、とても喜んだと思います。

一周忌とか三回忌というものは、残された親族が故人を偲ぶ為に行うですが、私はむしろ、それよりも、親族が集まって歓談している我々を故人に見てもらう為に行うのだと思いますね。
きっと、故人にしてみたら親族皆が仲が良いことが、とても嬉しいことなんじゃないかと思います。
親戚同士で仲が悪かったり、親兄弟で歪み合っている姿など見せたら、心配させてしまいますからね。
山口家の親戚同士は仲が良い方なので、父も霊界で安心していることでしょう。

お父さんは今は元気

優しかった父。一年たってもやはり悲しい。元気だった頃の父の姿を忘れられない。

亡くなってから一年が経ってもやはり悲しいです。あの元気でパワフルだったお父さんが亡くなったなんて、今でも納得できない気持ちが、まだ有ります。

父の思い出は、なんといっても夏の海です。特に下田の海には子供の頃から毎年連れて行ってもらい、魚介類をたくさん捕ってきては食べさせてくれました。多々戸浜海水浴場で泳いでいると、父がモリで突いてきた大きなコチやタコを誇らしげに掲げて海岸に戻ってきた時の勇敢な姿が、今でも忘れられません。そして、その捕りたての魚介類の美味しさは一生忘れることはありません。

パーキンソン病を患ってから亡くなるまでは弱々しい父になってしまいましたが、霊界にいる現在は、きっと全盛期の頃の様に元気だと思います。そう思えば、私自身も、もっといろいろ頑張らねばと奮い立たされます。

生前中は解脱会の川崎宮崎台支部の支部長として力強く頑張ってきた父を見習い、私も、より一層解脱の道に精進しなければと、自己反省する晩夏の午後。

かしこ

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