新年明けましておめでとうございます。本年も、当ブログをよろしくお願いします😀
本日、1月1日元旦は御霊地から始まりました。御霊地に昼頃に到着したので、元旦祭には出席しませんでしたが初参拝をしました。
本年も元旦は快晴、とても気持ちの良い気候の中の参拝ができました。
本来は、私と妻だけで行く予定でしたが、娘も一緒に行けました。息子は、元旦も仕事なので行けませんでしたが、新年一発目の行事として家族での御霊地参りができたことは、とてもありがたいことだと改めて感じました。
めでたく新年を迎えて、一番最初に行動すべきは神事であるべきだと思います。
めでたいという事で、朝からお酒を飲むのもいいでしょうし、テレビのお正月番組をダラダラ見るのもいいでしょう。しかし、事始めとして神仏に手を合わし、新しい年を迎えられたことに感謝することが大切です。これは、解脱会員だけの話ではありません。自宅に神棚や仏壇を祀っている家では手を合わせる、地元の神社仏閣に初詣に出向く、などなどをすべきだと思います。新年を迎えられたことに感謝できるこころであれば、きっと良い年になるはずですから。
この初詣について、私は少し不思議な思いがあります。
私の住んでいる地域の神社では、元旦の日中であっても長蛇の列で、およそ40分から1時間くらい並びます。初詣をされる方がかなりいらっしゃいます。そのためには、長時間並ぶのは仕方なしということなのでしょうが、その割には、普段はほとんど参拝者は見当たりません。私は一週間に一回は参拝しているので、やや違和感を覚えます。初詣するのだから神社に対して気持ちはあるわけです。「神なんかいるものか」という方は、そもそも初詣しませんからね。となると、やはり大半の方は神社に対する崇敬の念があるわけです。とは言っても、100円玉かそこいらを投げて願掛けする人もいるでしょうが、少なくとも神を信じているはずです。しかし、参拝するのは正月の初詣だけという人が大半です。神を信じているならば、せめて月に一回でも参拝すべきではと考えてしまいます。というか、『初詣』する意味合いは特になく、ただ単に年の初めのイベントという感覚なのでしょうか👀
話を戻しますが、今日、御霊地で、ある支部の支部長先生にお会いしました。
少し立ち話させていただきましたが、その話の中で、「年老いたら、笑えることをしなきゃ」という勉強をいただきました。ああ、私に対してではないですよ、私はまだ若いので😆
この勉強は、何気ない言葉ですが実に深い意味があるので、ここでは解説しませんが別のブログで語りたいと思います。
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正月のディナーは、エビにカニ爪の実、本鮪にタコ、だし巻き玉子に栗筋キントン。そして日本酒🍶
例年通りのメニューですが、例年通りのご馳走を頂けることに感謝しなければなりませんね
『当たり前』という精神を崩し、『感謝』に変えていかなければなりません。
かしこ
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