先の参議院選挙で、自民党・公明党の両与党は票を奪われ議席数を減らしました。これで、衆参両党で与党の議席が過半数を下回りました。こうなっては、その責任において、首相を辞任するという動きになるところですが、今日現在では、石破首相は総理大臣の続投を表明しています。しかし、自民党内では「石破おろし」の声が大きく、続投は難しい状況になっています。
石破首相は「政治空白を生むべきでない」との判断から続投を選択しており、参院選大敗を受けた責任論も踏まえた上での「責任を果たす姿勢」を強調しています。一方、自民党内では退陣圧力が高まっており、特に8月に迫る日米交渉の結果や両院総会の動向が今後の政局に影響する可能性が高まっています。
たしかに、首相を辞任することとなれば、新しい首相が就任するまで政治的な空白期間が生まれてしまうので、このたいへんな時期に首相の交代は避けるべきだという主張は理解できます。では、「責任を果たす」という主張は、具体的に何を指すのでしょうか。
まずは、対米関税交渉でしょう。8月1日を期限とする米国との関税交渉で「関税ではなく投資」を基軸に合意すべく動いています。これは、たしかに大きな責任であり、国益のために何としても良い成果をもたらしてもらいたいです。そして、物価高・インフレ対策の推進です。参院選大敗を受け、石破首相は「極めて厳しい国民の審判」を謙虚に受け止めたうえで、「物価高を上回る賃金上昇、防災対策、地方創生。国家のために果たしていかなければいけない責任がある」と語りました。これも、今の日本にとって、とても大切な問題です。とくに、物価高による国民の疲弊を改善することは、政府与党として重大な責任です。さらには、石破首相肝入りの政策「地方創生」もまだまだこれからです。人口減少や都市集中という国難に対し、地方の多様な幸せの実現をビジョンに掲げた本政策は、とても大切な事業です。
責任あるからこその、続投
政治家の責任とは、いったい何を指すのでしょうか?石破首相は「国難を乗り越える」と訴え、その責任を果たさずに総理大臣を辞任することはしないと意思を表明しています。つまり、辞任して、これらの政策責任を放棄するのは楽だが、そうしないと言っているのです。これは、一国の首相として、素晴らしい理念ではないでしょうか。
しかし、与党自民党としては、衆参両院で議席を落とし過半数割れになったことに対して、「けじめをつけろ」と石破首相に詰め寄っている勢力があります。たしかに、戦後からの歴史でも衆参両院で議席が過半数を割ったことがないので、非常事態といえます。こうなった責任を首相たるもの取るべきということなのですが、果たして、辞任することが責任をとったことになるのでしょうか?わたしは、そうは思えません。石破首相が辞任することが国益につながるとは思えません。むしろ、辞任したとしたら、政策を途中で投げ出すのですから、単なる責任逃れです。
「責任を取る」ということは、実に深みがあり、そして幅のある言葉だと思います。政界だけではなく企業においても、責任をとって役職を辞任するということが多々あります。「責任を取る=その役職を辞める」というのが一般的な考えでしょう。しかし、今回の石破首相に関しては、辞めて楽な道を選ぶのではなく、このまま引き続き「国難を乗り越える」という難題にむかっていこうという姿勢なのです。わたしとしては、今回はこの姿勢に賛同します。
かしこ
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