阿刀田高先生の作家としてのデビュー作『冷蔵庫より愛をこめて』が出版されてから、もう半世紀が経ったんですね。そして、おそらく最後になるかもしれない今作『掌より愛をこめて』を出版されました。なぜ最後だと思ったかというと、この本の副題が「阿刀田高さいごの小説集」であり、帯にも「91歳の名手が創作人生を鮮やかに締めくくる珠玉のショートショート36編」と書かれているからです。それに、氏の年齢を思えばこれから新作を書き上げて発表するのは、さすがに難儀だと思う。悲しいけど現実はいつも酷い。今作はすべてが新作というわけではなく、いわゆる選り抜きであり、過去に書いた作品も収録されてます。ただ、ほとんどの作品が本として初めて出版されたものだと思われます。おそらく、氏は出版社の新潮社と話し合い、この36編で出版することにしたんだろうと想像できます。
およそ1990年代中盤から2025年までの作品が今作に収められています。どの作品もほんとうに氏らしい味が感じられました。全盛期のスパイスの効いたブラック・ユーモアのある話もあれば、ちょっとホロっとする物悲しい話、そして、近年の氏らしい、心に微かに何かが響くような話もあります。どの話もしっかりと阿刀田高節が楽しめる、まさに珠玉のショートショート集と言えるでしょう。ただ、昭和時代の作品は収録されてないので、完全なるベスト盤ではありません。だから、人によっては物足りない短篇集になるかもしれませんが、私的には今作の、ちょっと年齢を重ねて落ち着いたムードのある作品も好みです。ショートショートとしては、少々オチが弱い作品もあるのですが、先ほども書いた通り、読み終えた時に心に微かに何かが響くような作品もまた、阿刀田高先生の書く作品の魅力であると感じるのです。
特におもしろかった短篇7選を簡単に紹介
🔹『美しい歌』
主人公は戦前の生まれなのに軍歌を歌えない。それは、主人公が小学生だった頃に音楽教師の玉木先生が「富士山」、「紅葉」、「冬の夜」、「牧場の朝」などの日本固有の『美しい歌』を教えて、軍歌を教えていなかったからだ。ラストの一文で、なんともほっこりする。
🔹『うれしい手紙』
バンコクに出張中の主人公に、恋人から手紙が届く。しかし、その手紙には、自分が嫌いなはずの「チーズ」を送ると書いてある。戸惑う主人公だが、その送られてきた郵便物の中には・・・。最後はちょっと胸がジーンとするいい話。
🔹『左手の研究』
主人公が川端康成の『雪国』の作中の、島村と駒子の右手と左手のやりとりをあれこれと考察していると、テレビで「このドラマはフィクションです」というテロップが流れる。どんなに深く考察しても、小説はフィクションなのだ、チャンチャンというオチなのだが、氏らしいちょっと皮肉めいた笑いを呼ぶオチである。
🔹『夢一夜』
漱石の『夢十夜』のオマージュ作品だと思われるが、実によくできている短篇だと思う。この話が『夢十夜』にあったとしてもなんの違和感もないくらいハマっている。素晴らしいオマージュだと思う。
🔹『雪の朝』
物を擬人化した短篇である。この手の技法は氏のこれまでの作品でもちょくちょく見られた。オチがなんとも物悲しく描かれているのだが、これもまた、氏ならではの風情がある作品である。
🔹『笛吹峠の鈴に音』
井上ひさしの『新釈遠野物語』<笛吹峠の話売り>の一部を引用して創ったオマージュ作品らしいが、じつに面白い短篇だ。この作品が、この小説の中でいちばん阿刀田節が効いていておもしろかった。さすがの一言。
🔹『狐つき』
エピローグのとても短い作品だが、この小説のラストを飾るおもしろ話である。最後の「嘘八百、八百書いたら、もう終わりなんでしょうね。ストーリーが浮かばないのは本当です。」という一節に、晩年の氏の本音が出ていると感じた。悲しいけど本音なのだろう。
以上の7作品がとくに気に入りました。もちろん、他の作品も氏らしいおもしろさがある作品ばかりですよ。
悲しくて悲しくて、とてもやりきれない。
全編を読み終えて、本の巻末に書かれた各作品の初出一覧を見て気づいたのですが、<黒いシアター>の10篇は2024〜2025年の近年の作品ですが、その他は1994〜2012年までの作品です。私はてっきり、エピローグの『狐つき』は『掌より愛をこめて』のために氏が書き下ろした、あとがき的なものかと思いましたが、これは2012年に書かれた作品と知って驚きました。今作を締めくくるには、とても良いチョイスの作品ではあると思いますが、14年前の作品をもって締めくくっているということは、たとえ短篇であっても、氏には書く力がすでにないのではないでしょうか。そうだとすると、ほんとうに今作が阿刀田高先生の最後の作品になってしまうかもしれません。まだまだ、これからも氏の新作を読みたい❗️そう思う阿刀田ファンは大勢いることでしょう。
しかし、どんな偉人であっても、必ず創作を終える日が来るのです。そう思ってしまうと、悲しくて悲しくて、とてもやりきれません。
かしこ
